H u n g r y   C h u c k  
by Hideki Watanabe


-------1972年、Bearsville Label にたった一枚のアルバムを残し、忽然と姿を消してしまった "HUNGRY CHUCK"。 過去、日本盤がリリースされるたびにいろいろな方が解説を書かれている。しかし、余り語られる事のなかった視点から 解説を書いてみたいと思う。最初に断っておくが、当方、英語力が全くないので、歌詞の面については解説できない。

ハングリー・チャック物語に書いたとおり、"HUNGRY CHUCK" はあくまで、レコーディング・プロジェクト・バンドだということで ある。
これは、Amos Garrett が1979年に来日した際、"Bare Back" (No.16 1979.6) という、かなりマイナーな雑誌に載ったインタビュー の中で語っている。
Bearsville Records が、"HUNGRY CHUCK"リリース時にマスメディア宛て配布したプロモーション写真は、六人それぞれ一人ずつ 写った写真を一つに合わせたような写真だった。(当方のホームページのトップに使われている写真参照)
六人のメンバーが一緒に写った写真が一枚もないようなバンドなのだ。へたすると、六人全員で一緒にスタジオにいたことも怪しい。 Jeff、 N.D.、 Jim 、Amos の四人は常にスタジオに居たかもしれないが、Benと Peter は必要な時だけ呼ばれた、もしくは Peterに関しては、オーバー・ダビング なのかもしれない。

-------始まりは、物語でも書いた通り、インテリア・デザイナーとしての才能もあった Jeff Gutcheon が知人のスタジオ建設に際し、ただで内装のデザインを やってあげた、その見返りとして、ただで一定期間スタジオを使えるという、願ってもないチャンスに恵まれた事だ。 今まで書き溜めた自作曲を世に出して作曲家としての名声が欲しいJeff Gutcheon。他人のバック演奏ばかりでなく、自分で歌いたいと思っていた N.D. Smart II と Jim Colegrove。 Jeffが、 N.D. とJim のリズム・セクションと最初に出会ったのは、Barbara Keith のデビュー・アルバムがレコーディングされた1969年のニューヨークであった。 そして、この三人が中心になり、まず Amos Garrett が呼ばれ、Amos は Jeff Gutcheon の書いた曲に惚れ込み深く関わっていく。次いで、 Ben Keith、 Peter Ecklund の二人も呼ばれ、レコーディング・プロジェクトは開始した。

Jeff Gutcheon は、やはり The Band のRobbie Robertson から多大な影響を受けている。特にThe Band のブラウン・アルバムと呼ばれる二枚目からの 影響が大きい。カントリー、ブルース、R&B、R&R、だけでなく、そこにデキシーランド・ジャズとドゥワップの要素が加わるのがJeff Gutcheonの書く曲の 大きな特徴だ。これが、"HUNGRY CHUCK"が 他の幾多のThe Band のフォロワー・バンドとの違いだ。そう、"HUNGRY CHUCK"は One and Onlyなのだ。 Ben Keithの加入はカントリーの要素を深め、Peter Ecklundはデキシーランド・ジャズの要素を深めてくれた。Amos Garrettはもちろんその非凡なるギター・ワーク の他にベース・ボーカルでコーラスにドゥワップの要素を取り込んでくれた。ボーカル・アレンジにもJeff Gutcheonだけでなく、Amosも加わっていると思う。 正に、Amosがやってみたかったことなのだ。大半の曲でリード・ボーカルをとるN.D. Smart II。彼の特徴あるボーカルは、ともすれば際物になってしまうが、 "HUNGRY CHUCK" でのN.D. Smart IIのボーカルは哀愁を含み、しっかり聴かせてくれる。彼のボーカリストとしての最高のボーカルを聴かせてくれる。

Jeff Gutcheon が それまでに書き溜めた曲は7曲しかなかった。中でも "All Bowed Down" は最高の自信作なのだ。 この曲を世に出したい。この、Jeff Gutcheonの気持ちが、このレコーディング・プロジェクトのスタート地点なのだ。

話があちこち、散らかってきたので、早速、一曲目から解説してみたい。

@ !HATS OFF, AMERICA! (Jeff Gutcheonの作品)

Jeff Gutcheonのスィングするピアノのイントロから始まる軽快な曲だ。N.D. Smart II のリード・ボーカルに Jeff、 Jim 、Amosのボーカルが加わり厚い、四声のコーラスとなる。 特に、Amosのベース・ボーカルが素晴らしく、一部リード・ボーカルも担当する。そこにPeter Ecklundの吹くトランペットが加わり、Amosの弾くカントリー・ピッキングのギターが素晴らしい。 エンディングの余韻がもの悲しい。Ben Keithはその存在が希薄だ。

A CRUISING (Jeff Gutcheonの作品)

Amos Garrettのいかにも彼らしいギターのイントロから始まる、カントリー・フレーバー溢れる曲。N.D. Smart II のリード・ボーカルだけでコーラスもつかない。 とにかく、N.D. Smart IIのボーカルが哀愁があって素晴らしい。そこに、Ben Keithの弾く Pedal Steel がカントリー風味を増してくれて、もの悲しさが漂う。 Peter Ecklundは全く不参加。Amos Garrettのギター と N.D. Smart II のボーカルの素晴らしさに心を奪われる。名曲だ。

B OLD THOMAS JEFFERSON (Jeff Gutcheonの作品)

一曲目と、ちょっと曲調が似ている。違うのは、N.D. Smart II のリード・ボーカルに途中から、Jeff、 Jim が途中からリード・ボーカルを入れ替わったり、 ユニゾンで歌ったり、コーラスになったりと、まるで、Levon、 Rick、 Richard のいる The Band のように 三人がリード・ボーカルを取り合うところだ。 Peter Ecklund も、多重録音でホーン・セクションを一人で盛り上げ、ソロもとったりと大忙しだ。Amos Garrettのギターはあくまでバックに徹している。Ben Keithは全く不参加。

Ca Indigroduction To (Jeff Gutcheonの作品)

ここで、まず言っておかなければいけないこと。レコードでもCDでも、一曲として扱われているが、実は"Indigroduction To" という曲と "PLAY THAT COUNTRY MUSIC" という 曲の、二曲であるということ。 The Band が"Chest Feaver"を演奏するとき、頭に必ず Garth Hudson が弾く "Genetic Method" があるのと同じといえばわかってもらえるかな。 大体、Indigroductionっていうのは英語でない。造語のようだ、Introduction という意味だ。つまり"PLAY THAT COUNTRY MUSIC"の 導入部で、 4曲目を再生して最初から1'19"までが "Indigroduction To" で、  1'20" からが"PLAY THAT COUNTRY MUSIC"だ。 "PLAY THAT COUNTRY MUSIC"にもちゃんとピアノのイントロはある。 Leon Russell が初期の頃、時々、とてもクラシックぽいフレーズを織り込んでいたのを覚えていますか。(A Song For You) そんな感じの小品だ。

Cb PLAY THAT COUNTRY MUSIC (Jeff Gutcheonの作品)

ここで、初めて、Jim Colegrove が 単独リード・ボーカル をとる曲。曲名通りのカントリー・ミュージック。Jeff Gutcheonがところどころハーモニーを つける。N.D.と違った Jim Colegrove の渋く落ち着いたボーカルも魅力的だ。Amos Garrett の まるでPedal Steelのようなベンディングを駆使したリード・ギターのソロの後、 ここまで影の薄かったBen Keithの弾く 彼らしい Pedal Steelがすっと入ってきて、カントリー・フレイバー全開となる。忘れてならないのは、Peter Ecklundの吹く 口笛の素晴らしさだ。Peter Ecklundが口笛を吹くのは、Geoff & Maria の"BRAZIL"とこの名曲 "PLAY THAT COUNTRY MUSIC" の二曲のみだ。

D FIND THE ENEMY (N.D. Smart IIの作品)

さて、物語でも書いたように、Jeff Gutcheonの曲は7曲しかなく、アルバム1枚分のマスター・テープをBearsville Recordsに早く提出するために、止むをえず N.D. Smart II のアイデアで、このアルバムをミュージカル仕立てにする事にした。そして、ちょうどコース料理の箸休めのような小品を考え付いたというわけだ。 N.D. Smart II が中心になり Jeff、 Jim 、Amos が加わり声だけで コラージュを作った。最後の方に入っている、色っぽい女性の声は誰だかわからない。

E PEOPLE DO (Jeff Gutcheonの作品)

ここで、初めて、Jeff Gutcheon が 単独リード・ボーカル をとる曲。Jeff Gutcheonの作品には珍しく、とてもファンキーなロックだ。 こういう曲も書けるんだ、というのを見せつけるような曲だ。 Peter Ecklund の多重録音によるホーンにThe Bandの Garth Hudson がソプラノとテナー・サックスで加わり、ホーン・セクションの厚みを増している。 この時期、The Bandの Garth Hudsonが実名でアルバムにしっかりクレジットされるのは珍しい。まあ、Albert Grossman 自身のレーベルだからか。 ギターにクレジットされている Kid Shaleen が いったい誰なのか、ずっと疑問だった。どう聞いても Amos Garrett のギターみたいだし。 Karen Dalton のアルバムに参加していた John Hall が Amos っぽいギターを弾いていたので John Hall かとも思った。Robbie Robertson ? 1972年 Robbie はウッドストックを抜け出したので絶対ありえない。 Todd Rundgren ? ( 兎に角、この時期、ウッドストック関連のギタリストは皆なAmosの ギターに夢中になっていた)。 結局、Amos の変名だったことが分かったとき拍子抜けしてしまった。(F.A.Q.を参照)

F WATCH THE TRUCKS GO BY (Joe Hutchinson & P.A. Echlerの作品)

Jeff Gutcheonの曲が七曲しかなかったところから、Jim Colegrove の提案で 昔の友人であるJoe Hutchinson に曲の提供を求めた。Joe Hutchinsonに ついては物語を参照。当時、ウッドストックの住人であったと思われる。その後、Jim Colegroveと共に、Rhythm Blue Jays, The Jook という二つのバンドを結成したことからも間違いないと思われる。 軽快なカントリー・ロックの曲で、ドラムとベースのドライブ感と、そこにかぶさる Ben Keith の Pedal Steel が本領発揮し、ゲストの Paul Butterfield も 短いけれど、きっちりとハーモニカで決めている。Jeff Gutcheonの作品群の中にあって、全く違和感がない曲だ。

G DIXIE HIGHWAY (Jeff Gutcheonの作品)

Jim Colegrove が 単独リード・ボーカル をとる二曲目。重厚な感じに仕上がっている。Jim のボーカルも渋く味わい深い。間奏のBen Keith の Pedal Steelも 本アルバム一番の演奏だ。全篇に渡る N.D. Smart II のドラム・ロール、そして Peter Ecklund のホーン・セクションが しっかりとオルガンの低音部のように大地  を覆う。スケールの大きい曲だ。

H YOU BETTER WATCH IT BEN, SOME DAY YOU'RE GONNA RUN OUT OF GAS (I'm giving you a warning) (N.D. Smart IIの作品)

 Dと同様の箸休め。今回は声だけでなく、Jeff Gutcheon 以外、楽器も加わった小品。

I HOONA, SPOONA (Joe Hutchinsonの作品)

 Fと同様、Joe Hutchinsonの提供曲。Jim Colegrove がリード・ボーカルだが、中間部で N.D. Smart II、Amos Garrett にリード・ボーカルを タッチしていく。Amos Garrett のあくまで、バックに徹したリズム・ギターが何気にかっこいい。Ben Keith の弾く Dobro、Peter Ecklund のトランペット も渋く決める。

J ALL BOWED DOWN (Jeff Gutcheonの作品)

この曲をやるために、"HUNGRY CHUCK"を結成したと言っても言い過ぎではない。Jeff Gutcheon 渾身の一曲。自信作だ。 Jeff Gutcheonの力強いピアノのイントロから、N.D. Smart II のリード・ボーカル、Jim と Amos のコーラスがからむ。 そして、間奏のはじけるようなディキシー・ランド・ブラス。Peter Ecklundに加え、 Geoff Muldaurの吹くもの悲しいクラリネット、 Amos Garrett の トロンボーンが 最高だ。後半の、コーラスがドゥワップ・コーラスになっていって、まるで Dexie Humingbirds のようだ。 Jeff Gutcheon が作った曲の中で最高傑作が、最高の演奏で世にだすことができた瞬間だ。

K SOUTH IN NEW ORLEANS (J. Wright & J. Anglinの作品)

この曲のオリジナルは Johnny & Jack による、もろカントリーの曲である。 フィドルやドブロが入った緩い感じの曲だが、"HUNGRY CHUCK"の連中は、ものすごくファンキーな曲に仕上げている。 あの優れたソングライターの Bobby Charles が Last Waltz で、自作を歌わずに、この曲を歌ったのは、周知のことである。 この曲で、一番イニシアチブをとっているのが、Ben Keithである。本アルバム゛唯一のリード・ボーカル。ベースも弾いて、オーバー・ダビングで Dobro も弾くなど大活躍だが、Bobby CharlesがBen Keithを頼ってウッドストックにやってきたのは有名な話である。 この曲を、このアレンジで取り上げた背景には、 Ben Keith が Bobby Charlesから 何らかのアドバイスを受けていたのではないか。

-------このアルバムを何回聴き直したこしであろうか。何度聴いても飽きることのない、完成度の高いアルバムである。 The Band、 Better Days、に並ぶウッドストックから生まれた 名バンドである。 当時、もうちょっと世間に認められていたら、その後も数多くの名曲が生まれていたかもしれない。

余談@

Eddie Mottau のデビュー・アルバムの中に "Ballard Of A Traveling Woman" という曲がある。 "HUNGRY CHUCK"の中に収録されていても、全くおかしくないような名曲である。N.D. Smart II のあの甲高い声で歌っていたらと、昔から感じていた。 試に聴いてみて下さい。

余談A

ジャズっぽい曲にトランペットが入っているのは当たり前だが、カントリー寄りの曲でも Peter Ecklund の吹くトランペットは違和感無く聞けるのがおもしろい。 そんなわけで、Great Speckled Bird にも Peter Ecklund が参加するのだが、何故かミラクルは起きなかった。

余談B

このアルバムでのAmos Garrettのギターは神がかっている。余り派手なリード・ギターはないが、全篇に渡り、リード、バックに関わらず 凄いテクニックを聞かせている。ギタリストは聴けば絶対勉強になる。Amos Garrett というと、ついリード・ギターに目がいきがちだが、 リズム・ギターのテクニックも最高なのだ。リズムを刻みながら、ところどころリードっぽいフレーズを盛り込んでいくところ等、 プロの技を注意深く聞いてみて欲しい。

余談C

Todd Rundgren が初めて N.D. Smart II のドラムを聴いた時、すぐに自分のバンドに雇いたかった・・・という話は有名。 このアルバムでも、N.D. Smart II の叩くドラムが、バンドを引っ張っている感じがよくわかる。Jim Colegroveとの相性も ばっちりで、Bobby Charles のデビュー作のほとんどの曲のリズム・セクションは、この二人だったというのがよくわかる。 加えて、二人ともボーカルがこんなに魅力的なんて。他人のバックばかりやってたのが、本当に勿体ない。




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